私は大人達に『いい子だね。』とよく言われた。
親の言う事はちゃんときき、最低限の作法も身に付け、どこにも行かず親の側に居て、喋らずにずっと静かにしている。
『いい子』の解釈は人それぞれあるとは思うけれど、私にとっての『いい子』は親にとって都合が良い子なのだ。
母は勝ち気が強く、見栄っ張りだ。
自分の子がいい子でいる事が誇らしいのだろう。
それ故、母は私を見せびらかす。それは今でもしている事だ。
ただ、私は母から褒められる事はされなかった。むしろ貶された。容姿もいじられた。
そのせいか私は自分の見た目に自信がなく、コンプレックスの塊だ。
幼い頃、沢山の方々から『いい子だね。』と言われたが、それは母からの躾によって身についた、当たり前の事。
誰かが褒めてくれても、素直に喜ぶことは出来なかった。喜ぶのは母だ。
こうして自己肯定感はどんどん低くなっていった。
私の兄は言う事きかない、手のかかる子だったらしい。
その兄に付きっきりの母と、大好きな母を取られたくない兄。
私は母からはほっとかれ、兄からは毎日いじめられ、泣いてばかりいた。
今思い出しても、本当によく涙を流す人生だなと思う。
今でもすぐ泣いてしまう、というか、涙がとめられない。
それも私のコンプレックスの一つである。
小さい頃から親の敷いたレールの上を走らされ、我慢ばかりして、自分を押し殺して生きてきた。
こんな子が成長するとどうなるだろう?
いくら我慢強いとはいえ、限界はくる。
親の用意してくれた人生のレールは、親の考え通りに真っ直ぐだが、私の心は歪み始めていた。